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【もののけ姫】アシタカとカヤの関係とその後は?なぜ貰った小刀をサンに渡したのかも考察!

2020 9/09

1997年(平成9年)スタジオジブリ制作の長編アニメーション映画「もののけ姫」は、宮崎駿監督作品で、193憶円の興行収入を記録し、当時の日本映画の興行記録を塗り替えるほどの話題作でした。

映画のキャッチコピーは「生きろ。」でコピーライターの糸井重里さんが作成しました。

また、声優陣も豪華な顔ぶれで、石田ゆり子さん、田中裕子さん、小林薫さん、美輪明宏さん、森繫久彌さんらが担当しています。

今回は、「もののけ姫」で主人公といっても過言ではないアシタカとカヤの関係について考察していきたいと思います。

また、アシタカがカヤからもらった小刀をサンにあげた経緯についても考察したいと思います。

アシタカとカヤの関係とその後

山犬に育てられたサンと、タタリ神を退治したときに受けた呪いのため村を出たアシタカの交流が、森の村と山神を狙う勢力との闘いの中で描かれています。

エミシの村長を約束されていたアシタカにはカヤという将来の妻がいました。

カヤはアシタカのことを「兄さま」と呼んでいるので、兄妹の関係かと思う方もいたと思いますが、当時(室町時代)においては、年上の男性のことを皆「兄さま」と呼んでいたのです。

 

アシタカは、カヤから黒曜石の装飾が施された小刀をもらっていました。

これは、「一生添い遂げる」という意味をもったお守りアイテムでした。

未婚女性が守り刀を男性に渡すというのは、「一生未婚のまま人生をまっとうする」ということを示してもいました。

つまり「貞操の印」でもあったわけです。

これは、アシタカとカヤはすでに男女の関係にあったということを示しているものなのです。

わかりにくいかもしれませんが、小刀のシーンは、そういった奥深いアシタカとカヤの関係性を表現しています。

 

その後、アシタカは、タタラ場での戦闘を経て、サンとよい関係になっていきます。

ここで、アシタカがエミシの村に戻ったのかという疑問は残りますが、アシタカは、エミシの村を出た時に、すでに心は決まっています。

アシタカはおそらくカヤとは一生会わなかったのではないでしょうか。

呪いを解かなければ村に戻れないことと、おそらく呪いが解けないであろうということ。

 

そして、カヤも守り刀をアシタカに渡した時点で、おそらく、アシタカが戻らないこと、戻らなくても、身も心もアシタカに捧げることを誓っています

カヤは、当時13,4歳という設定です、当時では結婚する年齢です。

その後は、おそらく、アシタカの子供を産み、次期村長候補として立派に育てたと考えられます。

そして、カヤ自身は巫女のような存在になり一生独身を貫いたのではないでしょうか。

アシタカはなぜカヤにもらった小刀をサンに渡したのか

村での戦闘でアシタカは胸や腹に銃撃を受けて瀕死の重傷を負います。

そのとき、サンは自分の岩屋で、アシタカを看病します。

ここで、アシタカは眠っているサンを見つめるシーンがあります。

サンは、無防備な様子で、足が見えています。

 

ここで、アシタカとサンは男女の関係になったのではないかと推察することもできます。

岩屋の上でにいた山犬モロが「アシタカがうめき声をあげたら、殺してやろうと考えていた。」と言うセリフからも2人の関係がそのような状況にあった可能性が考えられます。

このシーン以降、サンの表情が柔らかくなるのもそのようなことからでしょう。

 

そして、ここで、アシタカは、サンに守り刀を渡しています。

これは、アシタカがエミシとの関係を断ち切って、この新たな世界で生きていくということを決めた表われです。

そして、カヤのアシタカへの想いは、アシタカのサンへの想いであるということを、表現しているシーンなのです。

アシタカとサンが正式に夫婦になるかどうかは、難しいところですが、この一瞬において、アシタカはサンと心身をひとつにする関係だったのです。

まとめ

宮崎駿監督の中では、映像の中に出てこないストーリーは出来上がっていたのだとは思いますが、監督自身が必要以上に裏設定やのちのストーリーを語ることはありませんでした。

各シーンの発言やアイテムなどから事実を推察するしかないのです。

もちろん、子供から大人まで楽しめて理解できるストーリーとなっていますので、生々しいところなどは、メタファーなどにより表現されていると思われます。

子供であれば、映画のストーリーの中から単純に勧善懲悪さや、自然の大切さ、人の優しさや怒りといったものに触れることができます。

大人であれば、男女の恋や武力の裏にあるえげつない背景といったものにまで思いを寄せることができると思いますし、時代背景などから、当時の信仰についても類推することができます。

「生きろ。」というコピーは、生きることの素晴らしさを伝えることはもちろんですが、生きるということは、様々な要素がからみあいながら成立しているということも伝えたかったのではないでしょうか。

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