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パラサイトは意味不明で怖いしつまらない?面白いという感想も!モノクロ版の違いと公開理由はなぜ?

2021 1/08
パラサイトは意味不明で怖いしつまらない?面白いという感想も!モノクロ版の違いと公開理由はなぜ?

「パラサイト半地下の家族」は、2019年公開の韓国のブラック・コメディ・スリラー映画です。監督はポン・ジュノ、主演は父親役のソン・ガンホです。

第72回カンヌ国際映画祭で、韓国初のパルム・ドールを受賞しました。また第92回アカデミー賞では、作品賞、監督賞、脚本賞、国際長編映画賞の4部門を受賞しました。

今回は、パラサイトは意味不明でつまらない?それともおもしろい?といった様々な感想を紹介します。

また、モノクロ版との違いやモノクロ版の公開理由についても紹介します。

「パラサイト」は意味不明でつまらないという感想

貧富の格差は、資本主義社会においてはよく見られる現象です。

特に行き過ぎた資本主義経済や社会福祉政策が充実していない国においては、顕著です。

韓国という国は、韓流ブームなどで華やかな文化面が知られることが多いですが、財閥主導による経済であったり、今だ戦時体制であったり、徴兵制があったり、民主主義国家としては比較的若い国であったりと、日本とは大きく異なる社会であることが意外と知られていない面もあります。

 

特に、財閥グループの力はものすごく、それ以外に属する者との格差は日本とは比較になりません。

発展途上国によく見られるように、新都心は先進国並みだが、オールドシティや地方に入ると途端に食べることにすら困るような人々がたくさんいたりします。

冬ソナなどを見ていてもお金持ちか普通の人しか出てこない感じですよね。歴史映画などでは、朝鮮戦争などと絡めてものすごく悲惨な環境が登場したりもしますが、、

現代の韓国の影の部分にスポットをあててはいるのですが、直接的に富裕層を批判せず、暗喩などにより訴えかけているためわかりにくい部分もあるかもしれません。

 

最後の笑いは、なんの笑いなのか不可解ではあります。

しかし、この映画のキーワードに「計画」という言葉が頻繁に登場しています。

計画通りに大学に行き、卒業し、就職し、結婚し、子供を作り、幸福な家庭を築く・・・

日本でも高度経済成長期には、描かれた理想の「計画」です。

「計画」とは、言い換えれば「希望」とか「夢」といったものです。

「計画」という言葉を使っているところに、韓国社会のリアルさを感じます。

最後の笑いは、「計画」などという言葉は富裕層のものであって、貧困層にとっては持つことそのものが悲劇となる禁断の果実のようなものであるということを嘲笑していると思います。

最後にギウが立てた豪邸を買い取って父を救出するという「計画」、それはもはや実現不可能であることの裏返しを表現しているのです。

とはいえ、わずか2時間の映画の中で、最後の笑いを理解するのは難しいですよね。

社会風刺映画でもあり、ブラックコメディでもあり、ホラーものでもあり、、、なにを期待するかによって感じ方が違ってくる映画です。

映画に楽しさや感動を求めて見ている人にとっては、意味がわからない部分もあるでしょうし、ホラーを期待している人には物足りないのかもしれません。

この2家族を通して韓国社会の暗部を表現し、かつエンターテイメントとしているところに、すばらしさがあるとはおもいますが、やはり暗さやグロさがあって嫌いな人は嫌いな映画でしょう。

「パラサイト」は面白いという感想

パラサイトは、キム一家のパラサイトによるハッピーエンドを期待してしまいますよね。

しかし、ポン・ジュノ監督に見事な裏切りに会います。地下室のファクターは予想がつかないですからね。

計画や幸せは、そういった第3勢力によってバランスが崩れて崩壊していくことが多いですよね。スポーツや政治、国際情勢においても言えるかもしれません。

そして、アンバランスなストーリーをしっかりロジカルでリアルな背景で補強しているところがおもしろいです。

ジャンルは、サスペンスになるんでしょうね。

「次どうなるんだろう?」という展開が最初から最後まで続きますから目が離せません。

これら登場人物1人1人の性格やバックボーンがしっかり作り上げられているから、それらの不可解な行動も合点がいくようにもなっています。

よくホラーとかサスペンスでは、「なんでいきなりこの人が出てきて、こんな行動をしたの?」というよくわからない映画があります。

パラサイトは、よくわからないけど精神錯乱でとか、恐怖による衝動でとかいうのではなく、一つ一つの行動が論理的になっているところが、評価の一つだと思います。

 

アジアの映画がアカデミー賞を受賞、しかも4部門したというだけで見てみたくなりますよね。

アカデミー賞の受賞基準に人種などによる偏りがあるとの指摘からの受賞のようにもとられがちですが、世界が抱える共通の課題のようなものをうまくエンターテイメントに仕上げています。

大金を使って、世界的な役者を使って、CGを駆使するハリウッド大作などよりも本当に映画の面白さ、映画の役割を伝えてくれています。

アカデミー賞受賞も納得の内容になっています。

制作費が135億ウォン(約12億円)、興行収入47億円なので、費用対効果もいいですよね。

モノクロ版との違いやモノクロ版の公開理由は?

基本的にストーリーに違いはなく、カラーかモノクロかの違いです。

しかし、モノクロを見るとカラーとは違った見え方をしたり、違ったことに気が付いたりします。

1つは、昔の映画のような雰囲気になっていることです。

これにより、貧富の格差が際立ちます。色がないことによって貧しさがより貧しく見えてきます。

 

これは、原爆投下後の広島の写真をモノクロで見るのと、カラーで見るのとの違いと同じです。

もちろん、原爆は、虐殺の悲惨さをどちらの写真も伝えているのですが、カラーで見ると、その日は晴れであることもあり、人々の生命を感じることができます。

きのこ雲の下でさえ鳥のさえずりさえイメージできます。

それが、モノクロ(ほとんどの写真はモノクロですが)で見ると、人や草木は死に暗黒の世界がそこに広がっているようなイメージ(実際にそうですが)になります。

色がないことで、半地下の悲惨な暮らしが際立ってきます

 

2つ目は、モノクロにより人間の表情が相対的に際立つということです。

色の情報がなくなることによって、人の目は動くものに行きます。

一番変化の情報量が多いのは、表情です。

喜びや恐怖、楽しさや悲しみといった表情の機微な変化をより感じることができるため、やはり貧富格差による人間の違いをより感じ取ることができるのです。

ポン・ジュノ監督がモノクロ版を公開した理由としては、このカラー全盛の時代にあって、モノクロ版映画は長年の夢であったと語っています

黒澤明、ヒッチコックといった巨匠のモノクロ映画に対するオマージュとも語っています。

まとめ

パラサイトは、意味不明という意見も多少あるようですが、やはりアカデミー賞を受賞するだけのことはあり、内容はハラハラドキドキする要素(ストーリー)、社会風刺、演技力、どれをとっても満足のいくものという評価が圧倒的です。

カラー版に比較してモノクロ版は、色がないことにより貧困層の貧しさが際立つ効果があり、また、演者の表情に目を向けさせる効果があり、貧富の格差を際立って見させる効果があります。

ストーリーそのものに違いはありません。

また、ポン・ジュノ監督にとってモノクロ映画を撮ることは、長年の夢であり、黒澤明やヒッチコックといった巨匠へのオマージュ的な意味もあります。

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