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【パラサイト】ギテクはなぜ社長を刺した?ギジョンが死んだのはなぜ?ラストシーンでギウが笑う理由や最後は妄想説も!

2021 1/08
【パラサイト】ギテクはなぜ社長を刺した?ギジョンが死んだのはなぜ?ラストシーンでギウが笑う理由や最後は妄想説も!

「パラサイト」は、2019年公開の韓国のブラック・コメディ・スリラー映画です。

父母息子娘の4人家族キム一家は全員失業中で、息子ギウが豪邸に住むパク一家の娘ダヘの家庭教師を始めるところから始まり、キム家とパク家の格差が描かれていくというストーリーです。

物語の終盤では、キム家の大黒柱・ギテクが、暴れるパク家の使用人の夫からパク社長を守ろうとしていたのに、なぜか包丁で刺してしまうシーンがあります。

今回は、キム一家のお父さん・ギテクは、なぜパク社長を包丁で刺してしまったのかを考察します。

また、キム一家の娘ギジョンはなぜ死んだのか?、そしてラストシーンでキム一家の息子ギウが笑っていた意味も考察します。

キム一家のお父さんギテクはなぜ社長のパクを包丁で刺してしまったのか?

ギテクは、パク社長のお抱え運転士として大変気に入られていました。ギテク自身もパク社長に仕えることに満足していました。

しかしパク社長には、1つだけギテクに困った点があると妻に常々話していました。

それは、臭いにおいです。これは下水のようなにおいです。キム一家は、下水が雨になると流れ込むような半地下に暮らす貧困層でした。

パク一家がにおいについて差別的な考えを抱いていることは、ギテクも知ることになり、何とも言えない隔絶感を抱くシーンがあります。

それはどんなに仲良くなろうとも、この格差やにおいは嫌悪の対象となるものだというパク一家の強いメッセージでした。

 

どんな家にもその家特有のにおいというものがあるのは、誰でも経験したことがあると思います。

その家に暮らす者に染み付いたにおいというものは、どのような洗剤を使おうが新しい服を着ようが、その家のにおいになってしまうものです。

この物語は、格差社会を痛烈に風刺した作品となっており、このにおいというものもそれを表すシンボルとなっています。

 

パク社長の息子の誕生パーティのさ中、長年地下に潜んでいたグンセが包丁を手に、ギテクの娘ギジョンを刺し殺します。

それを見て、ギテクの妻チュンスクは、グンセを刺し殺します。

このような殺戮の連鎖の中、パク社長の息子は卒倒してしまいます。

パク社長は、息子を病院に連れていこうと車の鍵を拾おうとすると、その上には死んだグンセの遺体があります。

キム社長は、グンセの遺体をどけるとき、グンセのその臭さに鼻をつまんでしまいます。

それを見た、ギテクはパク社長のにおいに対する拒絶反応に思わず、パク社長を刺してしまうのです。

ギテクは、この殺戮のさ中においてさえ、においによる差別を受け蔑まれたことに反射的に殺意を抱いたのです。

キム一家の娘ギジョンはなぜ死んでしまったのか?

ギジョンは、パク社長の息子の誕生パーティの最中に、長年地下に潜んでいたグンセに包丁で刺されてしまいます。

ここで、多くの人がいる中で、ギジョンが刺されていることにも意味が隠されています。

この映画は、貧困層と富裕層の格差を描いていますが、単純な2極を描いているものではありません。

パク一家(富裕層)の下にキム一家(貧困層)、そしてその下には、キム一家から追い出される形になったグンセ一家(極貧層)があったのです。

そしてこの3段階の階層は、常に1つとばしで上がったり下がったりはできないのです。

 

グンセは、パク社長やその友人らを殺すこともできました。しかし、ここに社会システムの縮図を当てはめているのです。

ギジョンは、キム一家の中でも最も聡明で平和的な女性でした。つまり、殺された時に最も貧困層にとってダメージのある、深い悲しみを与え得るターゲットです。

香港の民主化における周庭さんが収監されるようなインパクトです。

つまりこの3階層の間には、隔絶とともに強い憎しみを伴う下克上が起こることを表現しているのです。

そして、抗争において一番悲劇的で悲惨な扱いを受けるのは、力の弱いものであるということも表しています。

ラストシーンでキム一家の息子ギウが笑う理由は?妄想説なのか?

キム一家の息子のギウは、誕生パーティにおける負傷から復活した後、地下に潜伏した父がライトを使って送るモールス信号を解読して、父が地下に潜伏していることを知ります。

しかし豪邸には、パク一家の次に引っ越してきた新しい家族がいます。

そこでギウは、金をためていつか豪邸を買い取って、父を救い出すという計画を思い描くようになります。

この計画を思うだけでギウは思わずうれしくなって笑ってしまうのです。会えないと思っていた父に会える希望が芽生えたのだからうれしくなるのでしょう。

 

その笑いとともにエンディングにつながります。

しかしこの笑顔は、おそらく絶望を覆い隠すための笑顔なのです。

父は、ギウに「自分の人生は、計画しても失敗ばかりの人生だった。」と語っています。そして「だから計画をしなければ失敗をしない。だから、計画を立てるな。」と続けています。

この言葉は、最後のギウの父親救出計画で回収されているのです。

現実的に言って、お金も才能もないギウがあの豪邸を購入できる可能性はほぼゼロでしょう。それを無邪気に妄想するギウの虚しさを表現しています。

これは、貧困層はどこまでいっても貧困層であり、また夢や希望を抱いたとしてもとん挫するのが関の山といった韓国の社会問題を風刺しています。

まとめ

ギテクが社長を刺したのは、社長のギテクら貧困層に対する差別的発言(行動)が、殺戮の場面においてまでも出ることに対し、反射的な殺意が芽生えたからです。

ギジョンが死ななければならなかったのは、グンセという極貧層がのし上がろうとしたら、1つ飛ばしの富裕層ではなく、貧困層のそれももっとも平和的で弱い人間をターゲットにしなければならなかったからです。

ここは、上に上がる時は1段飛ばしはできない、1つずつという社会的なルールのメタファとしてギジョンが殺されています。

ギウがラストシーンで笑うのは、父を救う計画の虚しさ、妄想をどこかでギウもわかっていて笑っていたものと思われます。

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