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「君の膵臓をたべたい」のタイトルの意味は?実話説やモデルについて!原作と映画の違いも!

2020 9/04
「君の膵臓をたべたい」のタイトルの意味は?実話説やモデルについて!原作と映画の違いも!

「君の膵臓をたべたい」は住野よるさんのデビュー作の青春小説で、漫画や実写映画、アニメ映画にもなっています。

僕こと志賀春樹と膵臓の病気のため余命1年の山内桜良の2人のクラスメイトの純情で切ないストーリーです。

「君の膵臓をたべたい」というタイトルからは病気のお話だろう、というのはわかるけど、いったいどんなお話なのか想像もつきませんでした。

今回は、この「君の膵臓をたべたい」という意味深なタイトルの意味は何なのかということや、これは実話なのかどうか、モデルはあるのか原作と映画との違いについてお話していきます。

「君の膵臓をたべたい」のタイトルの意味は?

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実写映画では、僕を北村匠海さんが演じています。とてもイケメンですね。

そして、山内桜良を浜辺美波さんが演じています。最近ブレイク中の若手の女優ですね。とてもチャーミングです。

この2人の出会いは、僕が山内桜良の秘密の日記帳を拾うところから始まります。

その日記は、山内桜良が余命幾ばくもなくなってからつけはじめたもので、「闘病日記」ならぬ「共病日記」と名付けられていました。

「共病日記」を読んでしまった僕は、山内桜良が膵臓の病気で余命が1年もないということを知ることになります。

そこから2人の接点ができて、交流が始まっていきます。

冒頭で、山内桜良は図書館にいた僕に「君の膵臓をたべたい」と唐突に言います。

山内桜良がそういった理由は「昔の人はどこか体に具合が悪いところがあると、他の動物の同じ部分を食べると良くなる」というものでした。

だから山内桜良は僕の膵臓を食べたいと言ったのです。

 

これが、「君の膵臓をたべたい」というタイトルの理由だと思ったら、単純すぎます。

「君の膵臓をたべたい」の本当の意味は、「爪の垢を煎じて飲む」です。

優れた人の力を真似して、その人に近づくというものです。

山内桜良の余命を2人はお互いに少しずつ尊敬するように、あこがれるようになっていきます。

2人でメールをしている時に、山内桜良から「私を褒めなさい。」と言われます。

僕は考えた挙句、「人を認められる人間、人に認められる人間に、人を愛せる人間、人に愛される人間に、、、」と打ちかけて、よい慣用句あったかな、と考えて、「爪の垢を煎じて飲む」を思いつくわけです。

しかし、これでは、いまいちなので、山内桜良を喜ばせるもっとよい言葉があるはず。

そうして思いついたのが、「君の膵臓をたべたい」だったのです。

 

「山内桜良は僕が持っていないものをもっている。そんな彼女から僕はたくさんのことを教わった。だから、僕は彼女にあこがれ、尊敬もしている。」

そういう想いから「彼女のようになりたい」という思いから「君の膵臓をたべたい」となったのです。

なかなか深いタイトルだったんです。

君の膵臓をたべたいは実話なのか

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「君の膵臓をたべたい」は何かモデルになっているものがあるのかもしれいないと思い作者のツイッターなどを調べてみました。

作者の住野よるさんは、なんと20代の男性でした。女性だと思っていました。

ツイートの中に、「おなかへってるけど、外に出たくない」との書き込み。これは「僕」に似ています

「僕」も出不精で、小説ばかりを読んでいる、という説明もあります。

かなり、「僕」のキャラクターは、住野さん自身を意識して書かれているような気がします。

 

そして、山内桜良のモデルについてなのですが、住野さんの好物はパピコで大人の濃い苺が大好きだそうです。

甘いものが好きなんですね。

山内桜良もスイーツ好きで、ケーキをたくさん食べていましたし、苺のショートケーキを美味しい!といって食べています。

山内桜良も住野さんが入っているのかもしれませんね。

また、住野さんはインタビューで小生意気な女子が好き、と答えています。

山内桜良も一見小生意気なキャラクターですよね。素直になれないキャラクターですね。

 

また、住野さんが一番最初に買ってもらった本は星の王子様だったそうです。これも山内桜良とかぶりますね。

そういたとで、「僕」のモデルは住野さん自身の影響が大きいですし、山内桜良のモデルも住野さん自身が入っているし、理想の女子の可能性が大きいようです。

病気に関しては、他にモデルがあると思いますが、性格などは、作者自身の経験によるところが大きいようですね。

原作と映画の違い

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映画も素晴らしいですが、住野さんの原作は、住野さんの思い入れが人一倍こもっているのでさらに素晴らしいです。

映画では、大人になった「僕」が学生時代を回想する形で進行しますが、原作では、学生時代が中心の話になっていて、「僕」が過去を回想する場面はありません。

また、原作では、山内桜良の遺書が「共病文庫」の最後のページに書かれているため、学生のときにすでに遺書を「僕」は知ります。そして恭子と友達になってほしいという遺言も学生のうちに知ります。

 

そして、映画では、「友達になってください」と「僕」が言ってすぐ友達になりますが、原作では1年かかってようやく友達になります

星の王子様の本ですが、映画では、山内桜良が「僕」に普通に貸してくれますが、原作では、自宅に「僕」を呼ぶ口実で、この本を貸します。また、映画では、本そのものが盗まれますが、原作では本のしおりが盗まれます

まとめ

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この異様なタイトルに食わず嫌いで見ていないという方もおられるかもしれません。

なんとなく、カニバリズムのニュアンスも伝わってきますからね。

しかし、このタイトルに込められた意味を知ると、見ずにはいられない作品ですね。

そして、やはり、余命少ない命を輝かせる少女の繊細な想いは、涙なく見られません。

また、作者の住野さんがモデルの可能性が大きい2人のキャラクター設定もとても共感をもてます。

そして、テーマの大きな背景にある星の王子様とあわせてみると、本当に大切なものは何か、ということが最後にわかるという切なくも美しいストーリーです。

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